“はいからさんが通る”の素敵な少尉!でもホントの華族は生活苦だった?

伊集院忍 お役立ち

ガッチャマンやゴジラが登場、時代考証無視で突っ込みどころ満載の漫画「はいからさんが通る」

その主要な登場人物、伊集院忍華族という設定です。

華族というと華やかなイメージですが、意外な事実がわかってきました!

また、華族出身の著名人も判明しています。

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華族制度ってどんなもの?

「はいからさんが通る」は、華族に嫁ぐヒロイン花村紅緒が繰り広げる、波瀾万丈のラブストーリーです。

2017年11月に公開された「劇場版はいからさんが通る」では、人気声優の宮野真守がヒーローの少尉役を演じて話題を呼びました。

はいからさんが通る画像
引用元:にじめん

作中でヒロインの紅緒が嫁ぐ伯爵家は、俗にいう華族のことです。

明治17年、初代総理大臣の伊藤博文らが華族令を提唱し、華族制度が制定されました。

大名や公家からなる、家柄華族

維新以来の功績があった者がなる、勲功華族

華族にはこの2通りあります。

また、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵という順に階級がわかれています。

伯爵である伊集院家は3番目の階級ということになりますね。

はいからさん少尉画像
引用元:リアルサウンド

そもそも華族令が作られたのは、公家と大名を特別な身分にするためでした。

衆議院と貴族院に分けられていた当時の国会。

その貴族院に、華族を採用するための区別でもありました。

明治時代国会イラスト
引用元:ライブドアブログ

当初は大半が家柄華族でしたが、のちに維新の功労者や軍人、財閥当主や学者などが勲功華族(新華族)として加わることとなりました。

意外にも、明治維新の時に政府と対立した徳川方も、皇室を護る役目の華族に選ばれています。

それには、徳川方を政治的に活躍させることで、政府と同族意識を持たせ、政府の味方にするという狙いがあったようです。

しかし、勲功華族は今でいう成り上がりとして、大名や公家出身の家柄華族からはバカにされ、けむたがられました。

成り上がりイメージ画像
引用元:ウレぴあ総研

終戦の頃には1,016人いた華族ですが、世の風潮もあり、1947年(昭和22年)には華族令は廃止されました。

華族のランキングと著名人

①公爵(こうしゃく)

1000円札画像
引用元:関門時間旅行

公爵とは、摂家・徳川将軍家からなり、全部で11家ありました。

摂家とは、公家の中でも一流の家格を持つ家です。

公爵は、満25歳(後に30歳)になると終身貴族院議員となり、家格を保持するための家門永続資金というお金が支給されました。

【著名人】伊藤博文・岩倉具視・大隈重信・徳川慶喜・島津久光(西郷生涯の敵)

【旧華族の有名人】加山雄三・細川護熙・八木沼純子(元フィギュアスケート選手)

②侯爵(こうしゃく)

西郷どんポスター画像
引用元:NHK

侯爵は公爵と呼び方が同じだったため「そうろうこうしゃく」とも呼ばれ、区別されていました。

侯爵は、清華家・徳川御三家・15万石以上の大名・旧琉球藩王家・朝鮮貴族などからなり、24家ありました。

清華家とは、公家の中で摂家につぐ家格を持つ家です。

公爵と同じく、満25歳(後に30歳)になると終身貴族院議員にはなれましたが、家門永続資金は支給されませんでした。

【著名人】大隈重信・東郷平八郎・木戸孝正・西郷従道(西郷隆盛の弟)・西郷寅太郎(西郷隆盛の子)

【旧華族の有名人】久我美子(女優)

 

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③伯爵(はくしゃく)

はいからさんアニメ画像
引用元:ライブドアブログ

伯爵は、堂上家・徳川御三卿と15万石以上の大名からなり、76家ありました。

堂上家は、清華家につぐ家格を持つ家。

徳川御三卿とは徳川家から分立した大名のことです。

伯爵・子爵・男爵は、満25歳(後に30歳)になれば貴族院議員になることができました。

しかし、これらの階級の華族は公爵や侯爵とは違って、貴族院議員になるために選挙を勝ち抜く必要がありました。

「はいからさんが通る」に出てくる少尉の伊集院という名は、薩摩系の勲功華族のようです。

少尉のおじいさんが維新戦争の時にかなりの功績を残したか、大臣を経験した人物だったということになりますね。

【著名人】板垣退助・勝 海舟・牧野伸顕(大久保利通の二男)

【旧華族の有名人】麻生太郎(政治家)

④子爵(ししゃく)

オノヨーコとジョンレノン画像
引用元:デイリーエクスプレス

子爵は、明治維新前に家を興した公家の堂上家と5万石以下の大名からなり、327家ありました。

【著名人】大岡忠敬(大岡越前の孫)

【旧華族の有名人】安倍晋三・池坊保子・オノ・ヨーコ(ジョンレノンの妻)・たかまつなな(お嬢様系お笑い芸人)

⑤男爵(だんしゃく)

家紋画像
引用元:ツイッター

男爵は、徳川御三家の家老、琉球王家の分家、大名や公家の分家、皇族や公家が住職を務める特定の寺院の住職などからなり、74家ありました。

【著名人】三井家・住友家・岩崎家(三菱)などの実業家

【旧華族の有名人】北大路魯山人・藤岡幸夫(指揮者)・水谷川優子(チェロ演奏家)

意外!?生活に困っていた華族!

華族制度があった当時、華族の私生活は一般人の興味のまとになっていました。

「婦人画報」などの雑誌に、グラビア写真のようなものも掲載され、まるで芸能人のような扱いを受けていました。

華族写真1

華族写真2
引用元:ライブドアブログ

ところが、実際の華族の中には生活に困る者が続出していたそうです。

明治維新前は優遇され、家名だけで食べていけた華族。

しかし、優遇制度のなくなった維新後はそんなわけにはいきませんでした。

手に職も無く、働くこともしなければ、当然収入はなく、これまでと同じような生活ができるわけがありません。

それでも華族たちはプライドが高く、生活水準を下げることができませんでした。

晩餐会イラスト
引用元:歴人マガジン

生活に困った華族たちは、資産や財産を売るなどして暮らすようになったのです。

なかには、妻や娘を花街に売ったという話までありました。

遊女イメージ画像
引用元:バースオブブルース

そのような状況を危ぶんだ明治政府は、様々な保護政策で給付金のようなものを出しました。

ですが保護政策の効果はなく、爵位を返上する家が後を断ちませんでした。

そう言えば「はいからさんが通る」の中でも、ヒロインの紅緒が華族でありながら仕事をして、家計を助けていましたね。

大正時代タイピスト女性の画像
引用元:千夜千冊

家柄華族たちが生活に困窮するなか、三菱・三井・住友など勲功華族の大財閥が力を持った時期もありました。

しかし、世界大戦で日本が敗戦したことから華族制度は崩壊、政府からの援助金も廃止されました。

と同時に、元華族にはいきなり巨額の財産税が課税されるようになり、ますます生活に困った華族は邸宅や土地を売るしかありませんでした。

家の平垣写真
引用元:フリーピック

ちなみに現在のプリンスホテルも、元は華族の邸宅だったのです。

三菱・三井・住友など大財閥の勲功華族でさえも財産を失い、普通のサラリーマンになる子息たちも多くいました。

羨望のまなざしを受けていた華族も、時代の移り変わりとともに斜陽族と言われるようになり、同情や軽蔑を受ける存在へと変化したのでした。

「おごれるものは久しからず」

90年代のバブル崩壊のように、いつの時代も栄華というのは長く続かないものです・・・

いま自分がどんな状況にあろうとも慢心することなく、激しく移り変わる世の中に臨機応変に対応していけたらいいですね。

 

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コメント

  1. ろろ より:

    皇族と華族は違いますよ。