スポンサーリンク

成田緑夢、目の前の一歩に全力で!怪我を乗り越え輝く笑顔と金メダル!

成田緑夢 スポーツ

2018年3月9日~3月18日に開催された平昌パラリンピック。

スノーボード初出場の成田緑夢選手が、スノーボードクロスで銅メダル、バンクドスラロームで金メダルに輝きました。

さわやかイケメン成田選手の笑顔も輝いていました!

スポンサーリンク


成田緑夢プロフィール

成田緑夢画像
引用元:インスタグラム

成田緑夢(なりた・ぐりむ)

【生年月日】1994年2月1日(24歳)

【出身地】大阪市住之江区

【身長】172cm

【体重】60kg

【競技】フリースタイルスキーハーフパイプ・スノーボード・トランポリン・走り高跳び

【障がいクラス】T44

【所属先】近畿医療専門学校

【スポンサー】ひかりTV・Dr.ストレッチ

成田選手の父親は、スノーボードコーチの成田隆史さんです。

成田緑夢の父親画像
引用元:インスタグラム

子どもたちのためにスノーボードチーム「夢くらぶ」を作った隆史さんは、スノーボードの熱血指導で知られています。

成田選手は4人兄弟の末っ子。

兄弟のうち3人がスノーボーダーです。

スノーボード3兄妹画像
引用元:ツイッター

兄の成田童夢(どうむ)さん(32)、姉の今井メロさん(30)は、スノーボードハーフパイプ日本代表として2006年のトリノオリンピックに出場しています。

兄や姉とともに1歳からスノーボードを始めた成田選手も、当然のようにオリンピック出場を目指していました。

小学生の時から国際大会に出場していた成田選手。

1998年の長野オリンピックでは、スノーボードのデモンストレーターを務めました。

成田緑夢高校2年時画像
引用元:ヘビースモーカー

また、空中での姿勢や感覚を磨くために練習していたトランポリン競技でも、高校2年のとき全国大会で優勝しています。

しかも16.3点という歴代最高得点で最高難度賞を受賞。

2012年のロンドンオリンピックでは、トランポリン日本代表の最終選考まで残ったほどの実力でした。

成田緑夢 ‏スキー大会画像
引用元:ジュニアスキー

2012年11月からフリースタイルスキー・ハーフパイプに取り組み始め、2013年フリースタイルスキー世界選手権に日本代表として出場。

2013年3月には、初めて出場した世界ジュニア大会のハーフパイプで優勝を果たしました。

華々しい経歴を積み重ねていた成田選手。

兄や姉のようにオリンピックに出場することは、成田選手にとって遠い夢ではありませんでした。

しかし2013年4月、成田選手はトランポリン練習中の事故で重い怪我を負うことになります。

 

夢への歩みを止めた怪我

成田緑夢入院画像
引用元:ウイズニュース

優勝した世界ジュニア大会の1カ月後、成田選手はいつものように、自宅に設置してあるトランポリンで練習をしていました。

スキー板の重さを想定し2.5キロの重りを両足首につけ、2回転宙返りで5メートルジャンプを1日300回。

そんな練習の途中、ジャンプした瞬間足を滑らせた成田選手は、空中で体勢を崩しました。

成田緑夢トランポリン練習画像
引用元:ヘビースモーカー

通常トランポリンでは、たとえ空中で体勢が崩れても、背中から着地すれば大丈夫なはずでした。

しかしその時、重りのついた成田選手の左足は体の回転についてきませんでした。

背中から落ちることができず、左足が伸びたままの前屈の体勢で落下した成田選手。

左肩を左ひざに強打した瞬間、「バキッ」という大きな音とともにひざ関節が逆に曲がりました。

前十字靱帯と後十字靱帯断裂、半月板損傷、動脈破裂。

「歩けるようになる可能性は20%です。」

「切断の可能性もあります。」

医師が両親にそう告げたほどでした。

成田緑夢傷跡画像
引用元:フェイスブック

成田選手は4回もの手術を繰り返し、入院は半年にもおよびました。

しかし、ひざのまわりの腓骨(ひこつ)神経が麻痺し、左ひざから下の感覚は失われ、足を自由に動かすことはできなくなりました。

「もう五輪は無理かも。」

成田選手は先のことを考えられなくなっていました。

怪我を負った日、着実に前に進んでいた成田選手の歩みは、突然止まることとなったのです。

 

スポンサーリンク


初めて考えた「スポーツする意味」

成田緑夢画像
引用元:ユーチューブ

「スキーに行くぞ。」

退院から半年もたたないうちに、父親は成田選手にそう言いました。

まだ30分歩いただけでも腫れや痛みが出るような状態。

それでも成田選手はスキー靴を履きます。

成田緑夢ウエイクボード画像
引用元:スポスタコム

またその頃、友達に誘われ、以前もしていたウェイクボード(水面を滑るウォータースポーツ)を再開し、スポーツの楽しさをあらためて感じることになります。

ウェイクボードの大会に出場した成田選手は、健常者たちを退けて優勝!

そんな成田選手に、SNSで1通のメッセージが届きます。

「怪我をしても頑張っている緑夢君を見て、勇気をもらいました。

ありがとう。」

障害のある知人からの言葉でした。

成田選手の心は激しく揺さぶられました。

「自分がスポーツをすることで、誰かを励ませるかもしれない。」

当たり前のように、ただひたすらオリンピックを目指してきた成田選手は、その時初めて自分がスポーツをする意味を考えました。

「オリンピックは無理でも、パラリンピックがある。」

「結果を出せば、障害のある人や、怪我で引退を迫られたスポーツ選手たちの夢や希望になれるかもしれない。」

新たな目標が芽生えた瞬間でした。

 

つかんだ平昌パラリンピックの切符

成田緑夢大会後の画像
引用元:朝日新聞

パラリンピックを目指すという目標を掲げたものの、動かない左足に棒が刺さっているような感覚はとれません。

足の痛みも消えません。

それでも成田選手は、まず陸上の走り高跳びで2016年9月のリオデジャネイロ・パラリンピックを目指すことにしました。

成績不足でリオには間に合いませんでしたが、2020年の東京パラリンピックに、走り高跳びで出場することも視野に入れたチャレンジでした。

成田緑夢走り高跳び画像
引用元:スポニチ

成田選手は、その年の11月から本格的にスノーボードを再開します。

足をケガして初めて挑んだパラスノーボードの国内大会では、いきなり優勝

国際クラス判定を受けるために出場したオランダのレースでも4位に入賞。

しかし上位とは大きな差がありました。

「みんな本当に障害があるのか。」

成田選手は、障害を持つアスリートたちのレベルの高さに愕然としました。

とは言え、感覚の麻痺した足で昔のように滑れば転んでしまいます。

成田緑夢とエヴァン・ストロング対談画像
引用元:スポルティーバ

義足をつけた選手や、同じような障害のある選手にアドバイスをもらいながら練習を繰り返した成田選手。

ターンの時に、踏ん張りのきかない左足をカバーするためのコツをつかみ、工夫を重ねていきました。

そんな努力のかいあって、2018年1月の北米選手権と2回のワールドカップでは3連勝

2月にカナダで開かれた世界選手権でも3位という好成績を残し、平昌パラリンピックへの切符をつかんだのでした。

 

スポンサーリンク


親子関係にも変化が・・・

成田緑夢家族画像
引用元:アメーバブログ

痛みが取れない成田選手に、スポーツを再開させた父親の隆史さん。

そんな父親に苦笑いしながらも、成田選手は、

「父がいなかったら、自分ではもう1度やろうとは思えなかったから、いまは感謝しています。」

と語っています。

成田家では、生まれた時からオリンピックを目指すのは当たり前のことでした。

なぜオリンピックを目指すのか、成田選手はその理由を考えたことがありませんでした。

父が脳、子どもはロボットみたいだった。」

とも語っています。

成田3兄妹画像
引用元:ライブドアニュース

「少し前の成田家は、結果がすべてでした。

でも、僕が怪我をして、昔はどんなにいい成績をとっても褒めてくれなかった父が、今は『頑張ってるな』と言ってくれるようになったんです。

それがうれしいんです。

スポーツをする意味を僕なりに考えるようになって、かつての父の行きすぎたところも理解できるようになった。

いまはお互いに良き理解者で、やっと普通の親子関係になってきたと思います。」

怪我によって変わったのは、成田選手本人だけではなかったようですね。

成田緑夢家族画像
引用元:ユーチューブ

 

「とても幸せです」

現在、成田選手はスポンサーの支援を受け、平日はトレーニング、週末は教室で子どもたちにトランポリンを教えています。

成田緑夢トランポリン画像
引用元:フェイスブック

「こんな生活を送れるようになるとは夢にも思わなかったので、とても幸せです。

怪我をしたことはとても大変な出来事です。

しかし成田選手は、ケガによってリオパラリンピックを見るようになり、パラリンピアンのインタビューの言葉や振る舞いにも大きな影響を受けました。

そこから、自分はアスリートとして人に見られる立場だということも意識するようになったのです。

成田緑夢画像引用元:ファインプレー

インタビューで、怪我をしたことで得たものは何か?と聞かれた成田選手は、

「自分の夢です。

感動や勇気を与えたいという夢です。」

と答えています。

自分の夢を見つけ、アスリートとしても人間としても大きく成長した成田選手。

障害のある人たちの励みになればと、自分で編集した動画YouTubeに上げています。

同じようにスノーボードをしている人に、自分の技術をシェアしたい。

そればかりでなく、パラリンピアンの仲間達や家族、ホリエモンや松岡修造さんなど、いろんな方も登場し、とっても楽しいチャンネルになっています。

そんな成田選手。

今回、初めて出場した平昌パラリンピックでは、スノーボードクロスで銅メダル、バンクドスラロームで金メダルを獲得しました!

成田 緑夢金メダルを手に持つ画像
引用元:日本経済新聞

しかし、目指すは夏冬のパラリンピック出場、そしてオリンピック出場の夢もまだあきらめていません。

挑戦をあきらめない成田選手の活躍を、これからも応援せずにはいられませんね!

スポンサーリンク


コメント