漫画キングダムに登場する秦王「政」バカとアホの語源に関係していた!?

良くないとわかっていても、つい思ったり使ったりする「バカ」や「アホ」という言葉。

イメージの悪いこの言葉・・・

漫画キングダムにも出てくる秦国の王「政」にまつわる、血生ぐさい事件から生まれたようです。

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始皇帝と呼ばれた政のまさかの末路

キングダム漫画画像
引用元:マンガ好きコム

「バカ」や「アホ」は人をけなす言葉の中で、もっともポピュラーなものかもしれません。

(地域や状況によっては、褒める時や愛着をあらわす時に使われることもありますが・・・)

では、そもそもなぜ、人をけなす時に「バカ」や「アホ」という言葉を使うようになったのでしょうか?

これらの言葉の由来は諸説あります。

その1つに、大人気歴史漫画キングダムにも登場する秦の国王「政」の『馬と鹿の事件』を由来とする説があります。

約2,000年に及ぶ中国皇帝の先駆者であり、幼少期の敵地での虐待など、様々な苦難を乗り越え、中国統一を成し遂げた政。

 キングダム政画像
引用元:アクセルマーク

自らを始皇帝(最初の皇帝)と名乗った政は、中国統一後、国民や周辺諸国に自身の偉大さを示したいと考えました。

そこで、戦争で疲れきった農民を武力で脅して駆り出し、東西に680m、南北に113mもある大きな宮殿(阿房宮)を建て始めました。

阿房宮CG画像
引用元:大紀元

独裁的な王となった政は、“自分は特別な存在だから普通の人間のようには死なない”という思いから、不老不死を望むようになりました。

不死にのめり込んだ政は、今でいう霊感商法まがいのペテン師にそそのかされ、莫大な金と人員を投じ、不老不死の妙薬を作る方法を調べさせたそうです。

妙薬製造イラスト
引用元:エピロギ

そうして作られた怪しい妙薬を、政はせっせと飲んでいました。

しかし現在、その薬は水銀だったのではないかと考えられています。

不死を望んだはずの政は、毒とも言える薬を自らに与えていたことになりますね。

そのためか、中国統一からわずか11年後、政は宮殿の完成を待たずして49歳で亡くなりました。

始皇帝天に召すイラスト
引用元:はじめての三国志

自身の健康状態が悪くなるにつれ、不老不死は不可能だとようやく悟った政。

家族も友人も信頼できなくなっていた政は、亡くなる間際、信頼していた末っ子の教育係の趙高(ちょうこう)という宦官に遺言書を託したのでした。

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馬か?鹿か?群臣を試した趙高

政が唯一信頼し、遺言書まで託した趙高は、簡単に人を裏切る人間でした。

趙高画像
引用元:トキログッ

趙高は、次の国王を、遺言に書かれていた長男ではなく、末っ子の胡亥(こがい)に勝手に決めてしまいました。

頭の弱かった胡亥は、趙高に頭があがりませんでした。

胡亥画像
引用元:トキろぐっ

趙高のようなあくどい人間が政治に介入すれば、まっとうな政治が行われるはずがありません。

胡亥に対する趙高の態度はどんどん大きくなり、やがて趙高は、自分の思い通りになる人間のみを側近にしたいと考えるようになりました。

そしてとうとう、趙高によって『馬と鹿の事件』が引き起こされたのです。

「鹿を為して馬となす」の絵
引用元:新MUのブログ

ある日趙高は、多くの群臣(家来)の前で、

「これは珍しいです。」

と述べ、胡亥に鹿を献上しました。

胡亥が、それは馬ではないと指摘しても、

「いいえ、これは馬でございます。」

趙高はかたくなに言い張り、

「これは鹿か?」

と、傍らにいる群臣1人1人に尋ね始めました。

そして、正直に鹿だと答えた者や、胡亥を擁護した者に、ありもしない罪をかぶせて処刑してしまいました。

処刑の様子画像
引用元:テレビっこ

こうして自分に都合のいい人間だけを朝廷に残した趙高は、ついには胡亥をも自害させました。

しかし、このような暴挙がいつまでも許されるわけがありません。

趙高は、自身の立場を有利にするため、胡亥の後継に人望の厚い子嬰(しえい)を擁立しました。

しかし、趙高を憎悪していた子嬰らは、趙高を一族もろとも殺してしまいました。

攻める反乱軍の画像
引用元:ギャオストア

国民に負担を強いた阿房宮などの建設で、国民も秦の国家を怨んでいました。

内乱により政治が混乱する中で、力を持った反乱軍は都を囲み、阿房宮を燃やしてしまいました。

燃える阿房宮の絵
引用元:中時電子報

最期は、秦の国王の一族も皆殺しとなってしまいました。

燃やされた阿房宮があきれるほど大きく、鎮火に3か月もかかったことや、立派な宮殿を立てながら国を滅ぼしてしまったこと。

そのような馬鹿げたことを「阿房」と言うようになり、読みが「アホ」に変化したようです。

権力をかさにきて間違ったことを押し通した『馬と鹿の事件』からは、「馬鹿(バカ)」が生まれ、愚かな行動や狼藉を働く者に使われるようになったそうです。

いろんな由来はあるけれど・・・

梵字一覧画像

引用元:梵字

「バカ」の由来としては、江戸時代の国文学者・天野信景が提唱した、サンスクリット語にまつわる説もあります。

サンスクリット語で、無知や迷妄を意味する「baka」「moha」の音を漢字にした「募何(ぼか)」「莫迦(ばんか)」の読みが転じて「バカ」になったというものです。

また、サンスクリット語を祖とするバングラデシュのベンガル語に、日本語の意味と同じ「バカ」という言葉があります。

その言葉が僧侶を通じて日本に伝わり、僧侶達の間で業界用語のように使われ始めたという説もあります。

柳田邦男画像
引用元:森のかけら

民俗学者の柳田國男の著書には、広辞苑の編者・新村出が「若者(wakamono)」のwをbにして「馬鹿者(bakamono)」と提唱したとも書いてあります。

その他にも、中国の唐の文学者・白居易が書いた“支那の「馬」という富裕な一族が、くだらない事で財産を無くし、その家が荒れ放題となった“という内容の詩から生まれたという説も。

みやび言葉の形容詞である「はかなし」の語幹「はか」の部分が「バカ」に変化したという説もあります。

「バカ」という言葉の由来には、本当に様々な説がありますが・・・

バカボンパパ漫画
引用元:マザーハンドプルーフ協会

おごり高ぶり、死さえも避けられると勘違いした「政」と、不条理なやり方で権力を行使しようとした「趙高」

傲慢や強欲に陥り、自身の利益のみを追求する行為が裏目に出て、自分で自分の首を絞めた2人の愚かな行為が、「アホ」や「バカ」の言葉の意味にもっとも近いような気がしますね。

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